ナッジ理論とは?身近な例やフレームワークをわかりやすく解説
近年アメリカで生まれ注目されるようになった「ナッジ理論」。強制せず自然に促すための行動経済学として、ビジネス分野でも活用されています。
とはいえ、あまり聞き慣れないと、どのようにビジネスに活用すべきか悩むでしょう。
そこで本記事では、ナッジ理論の意味と身近な例を紹介します。フレームワークや取り入れ方についても解説しますので、ぜひ参考にしてください。
ナッジ理論とは意思決定をそっと後押しすること
ナッジ理論は、意思決定をする際に強制するのではなく、そっと後押しすることです。
2008年にアメリカのリチャード・セイラー教授により提唱されたことをきっかけに、世界でも注目されるようになりました。
厚生労働省でも、健康づくりの手法としてナッジ理論を活用した「受診率向上対策ハンドブック」を公開しています。
ナッジ(nudge)には、「そっと突く」「そっと動かす」といった意味があり、選択を強要するのではなく、自然にかつ合理的に選ぶように導く際に活用されます。
ナッジ理論のフレームワーク構成はEAST
ナッジ理論のフレームワークは、以下に紹介する4要素の頭文字を取った「EAST」で構成されます。
- Easy(簡単・簡潔)
- Attractive(魅力的・印象的)
- Social(社会性)
- Timely(タイムリー)
Easy(簡単・簡潔)
Easyは、「簡単」や「簡潔」という意味があります。ナッジ理論では、手間を省き行動の難易度を下げることです。
たとえば、商品やサービスを利用する際に、ボリュームの多い説明書を読む必要があったとしましょう。目次でどこに何があるのか提示すれば、すぐに知りたい情報にたどり着けます。
個人情報の入力やアンケートへの回答を求められた場合、プルダウンリストで選択肢を用意しておけば簡単です。
Attractive(魅力的・印象的)
Attractiveは、「魅力的」や「印象的」の意味を持ちます。ナッジ理論では、魅力的でインパクトのある選択肢を用意することです。
人の損失回避性に基づく「プロスペクト理論」を応用します。
「何かを得る喜び」と「失う悲しみ」では、人は無意識に失う悲しみを避ける傾向があります。
プロスペクト理論を上手く応用すれば、自然に行動を取るきっかけにつながるでしょう。
Social(社会性)
Socialは「社会性」の意味ですが、ナッジ理論では「人と同じように行動させる」ように導くことです。
- 多くの人が〇〇をしている
- 他の人は皆〇〇を選んでいる
皆が同じ選択をしていると社会模範を示すことで、導きたい行動を促せます。
Timely(タイムリー)
Timelyは、タイミングが良いという意味があります。ナッジ理論では、適切なタイミングで伝え行動を促すことです。
たとえば、生命保険の加入を促すには、就職や結婚などライフステージが変化するタイミングで勧めれば、加入を検討しやすいでしょう。
ナッジ理論の基本原則
ナッジ理論の基本原則は以下の6つです。
- インセンティブ
- マッピングを理解する
- デフォルト
- フィードバックを与える
- エラーを予期して先手を打つ
- 選択を簡略化する
それぞれに詳しく見ていきましょう。
インセンティブ
インセンティブは、メリットを与えることです。
たとえば、「〇〇をすると◯円がもらえる」と強要するのはナッジ理論ではありません。
しかし、メリットやベネフィットを明示して、行動を促せば強要せず自然に導けます。
マッピングを理解する
マッピングの理解は、選択肢と行動を紐づけすることです。
どんなに魅力的な謳い文句でアプローチしても、行動に対する結果がわからなければアクションを起こそうとは思ってもらえないでしょう。
そこで、アクションの先にある結果を理解できるように、イラストや図で提示します。
結果を明確化しメリットやベネフィットが理解できれば、自然と行動につながるでしょう。
デフォルト
デフォルトには、初期設定の意味があります。ナッジ理論では、行動を初期設定に促すことです。
たとえば、医療機関を受診して薬を処方してもらう際は、先発医薬品を処方するのが一般的でした。しかし、種類によっては高額になるものも少なくありません。
ジェネリック医薬品なら価格をおさえられますが、医師が先発医薬品しか認めない場合や、患者が希望しない場合は医師の署名や印が必要でした。
そこでデフォルトを変更したことで、ジェネリック医薬品の利用率が以下のように増加しました。
- 平成26年11月時点:17.8%
- 令和5年3月時点:80.89%
参照:厚生労働省|平成26年度ジェネリック医薬品使用促進の取り組み事例とその効果に関する調査研究業務報告書
参照:厚生労働省|保険者別の後発医薬品の使用割合(令和5年3月診療分)
ジェネリック医薬品がデフォルト化された後も、多くの患者が受け入れているのはナッジ理論の成功例と見ていいでしょう。
フィードバックを与える
フィードバックには「反応」や「意見」といった意味があります。ナッジ理論では「良い選択ができるように誘導する」ことを指します。
顧客自身が起こした行動が、どのような結果になったのかを伝えます。自身が選択した行動が良い方向につながれば、効果の実感が高まるでしょう。
仮に良い結果を得られなくても、フィードバックによって改善点を見出せれば次回に活かせます。
エラーを予期して先手を打つ
ナッジ理論により行動を起こしても、すべてが望む結果につながるわけではありません。
そこで、エラーを予期して先手を打つことも大切です。
たとえば、多くの人が起こすミスに対して対策を講じれば、ミスを回避するように促せます。
選択を簡略化する
そして、選択を簡略化するのも重要です。
どんなにメリットやベネフィットを訴求しても、そこに至るまでのプロセスが複雑で面倒に感じれば行動につながらない恐れがあります。
複雑なプロセスが避けられなくても、選択を簡略化すれば行動を促しやすくなるでしょう。
ナッジ理論を活用した身近な例3選
それでは、ナッジ理論を活用した身近な例を3つ紹介します。
- スーパーのカゴやカートの大きさ
- 男子トイレの便器
- 店舗入り口での手指消毒への誘導
スーパーのカゴやカートの大きさ
まず、スーパーにおけるナッジ理論の例を2つ紹介します。
1つは、買い物をする際、「カゴいっぱいに食品や食材を入れたい」という心理を利用した事例です。カゴのサイズを大きくすれば、自然と購入する量を増やせます。
2つ目は、オーストラリアで実施された、ショピングカートの底にメッセージを記載した例です。
スーパーにある100台のショピングカートのうち、30台にだけ「当店では10人中9人のお客様が野菜や果物を購入します」というメッセージを記載します。
同店では、元々野菜や果物を購入する顧客が多かったものの、メッセージを記載したことでさらに売上がアップしました。
これは、AttractiveとSocialを活用し成功した例です。
男子トイレの便器
次に紹介するのは、オランダの空港にある男子トイレの便器に「ハエ」のイラストを描くという取り組みです。
この取り組みが実施された背景には、トイレをきれいに使うように促しても、改善されず清掃費用や人件費がかさむという課題がありました。
そこで便器にハエのイラストを描いたところ、きれいに使う人が増え、清掃費用や人件費の節約を達成します。
また日本でも、トイレに的のシールを設置する同様の事例が見られます。
このケースは、ナッジ理論の基本原則の一つ「マッピングを理解する」を取り入れた成功事例です。
店舗入り口での手指消毒への誘導
店舗の入口で手指消毒への誘導での成功例もあります。
新型コロナウイルス感染症の拡大予防策として、手指のアルコール消毒が有効であると推奨されています。
今でこそおなじみの光景ですが、導入された当初はアルコール消毒液を使わない人の方が多かったのです。
そこで、消毒液までの経路に目立つ色のテープを貼り矢印を作り誘導します。その結果、使用率が設置前の10%程度から65%に増加しました。
このケースは、デフォルトを活用した成功例です。
ナッジ理論を取り入れた失敗事例
次に、ナッジ理論を取り入れた失敗例を見ていきましょう。
- ウーバーイーツ
- クレベリン
- エービーシー・マート
ウーバーイーツ
ウーバーイーツでは、配達員に向けてログアウトする際にアラートが表示されるアプリを導入しました。
1日の配達を終えた配達員がログアウトする際に、アラートが表示されることで、もう少し配達を続けようと促す目的があります。
歩合制のため、配達する件数が増えるほど配達員も報酬が増え、運営元にはサービス手数料が入る仕組みです。
しかし、その日の配達を辞めたいのに続けなければいけないと思わせるのは、強制に当たるためナッジ理論に反します。
クレベリン
クレベリンは、大幸薬品が販売している商品です。
クレベリンから発生する二酸化塩素が、空気中に浮遊するウイルス・雑菌・ニオイを除去すると謳っていました。
しかし、この効果は試験空間で確認されたものであり、実生活空間での効果が保証されていなかったことが発覚します。
クレベリンが注目されたのは、新型コロナウイルス感染症拡大予防になると思われていましたが、実際には効果がなかったのです。
これにより、消費者庁は商品の表示に合理的な根拠がないという理由から、大幸薬品は措置命令を受けました。
エービーシー・マート
エービーシー・マートは、2017年の折り込み広告でPB(プライベートブランド)の商品に、次のように記載しました。
元々の販売価格に、メーカー小売価格を意味する「(メ)」の価格と、割引された価格を表示します。
PB商品は企業のオリジナル商品であり、開発から販売まで企業が一貫して行うため、メーカー小売価格は存在しません。
しかし、折り込み広告には、メーカー小売価格よりも安いと捉えられかねない表示があったのです。
これに対して消費者庁が、折り込み広告が景表法に違反していると周知し、再発防止対策を講じるように措置命令を下しています。
参照:日本経済新聞|靴チラシで不当表示、ABCマートに措置命令 消費者庁
ナッジ理論をビジネスに取り入れる活用例3選
次に、ナッジ理論をビジネスに取り入れ活用する例を3つ紹介します。
- 営業活動でのナッジ理論活用例
- 人材育成でのナッジ理論活用例
- マーケティングでのナッジ理論活用例
営業活動でのナッジ理論活用例
営業活動でのナッジ理論では、「松竹梅の法則」があります。
松竹梅の法則は、商品を松・竹・梅3つのランクに分けて提示すると、中間の竹が選ばれやすいというものです。
これは、行動経済学における「極端回避性」という行動心理を応用しています。
最も価格が高いものは敬遠されやすく、最も価格が安いものは品質に不安があるので不安を与えかねません。
そこで、商品やサービスに3つの選択肢を用意して、中間に勧めたい商品を提示すれば、勧めたい商品を選ぶように促せます。
人材育成でのナッジ理論活用例
人材育成では、デフォルトを利用したナッジ理論活用例を紹介します。
研修プログラムの実施に際して、欠席・出席を選択肢に設定する方法です。
デフォルトを「欠席」に設定して「出席」を選択した人だけにアプローチすれば、特定の人を対象にした研修プログラムであるとアピールできます。
一方、デフォルトを「出席」に設定して、「欠席」を選択した人にアプローチすれば、組織全体にとって重要な研修プログラムであると考えるでしょう。
ただしこのケースでは、企画者の信頼度にも左右されるため、暗黙の推奨を誰が行っているかを明確にしなければなりません。
マーケティングでのナッジ理論活用例
マーケティングにおけるナッジ理論では、ケーキビュッフェの例を紹介します。
定番メニューのケーキを提供すればお得感があるので、既存顧客にも新規顧客にも効果的なアピールが可能です。
しかし、新商品のケーキは味がわからないため、通常サイズでは好みに合うか不安な場合ハードルが高くなります。
そこで、通常サイズよりも小さくカットして価格を下げれば、不安に対するハードルが下がり新商品のケーキを試しやすくなります。
また、新商品のケーキを最前列に配置するなど、デフォルトを応用すると効果的にアピールできるでしょう。
ビジネスにおけるナッジ理論の取り入れ方6ステップ
では最後に、ビジネスにおけるナッジ理論を取り入れるステップを6つに分けて紹介します。
- 目標を設定する
- 現状分析をする
- ターゲットを明確化する
- 適切なナッジを設定する
- アクションを実行する
- モニタリングして検証する
目標を設定する
まず、目標を設定します。目標が曖昧なままでは、軸がぶれるため成果につながらない恐れがあります。
目標を設定するにあたって大切なポイントは、「実現可能であること」と「細分化すること」です。
実現できない目標だと、モチベーションや生産性の低下につながりかねません。
実現可能な目標を一つずつクリアしていけば、その都度達成感を味わえるのでモチベーションも維持しやすいでしょう。
現状分析をする
次に、現状を分析します。
- 顧客行動
- 市場調査
- 競合分析
正確に分析するには多くのデータが必要です。
現状を分析した結果は、戦略の立案に欠かせません。また効果を測定する際にも必要となるため、より多くのデータから現状を分析してください。
ターゲットを明確化する
次に、ターゲットを明確化します。
ターゲットが曖昧なまま戦略を立案しても、望むような成果にはつながりません。
ターゲットを明確化するには、顧客の特徴ごとにグループ分けをしてから、グループごとにペルソナを設定するのが有効です。
適切なナッジを設定する
そして、適切なナッジを設定してください。
ここまでナッジ理論でのフレームワーク「EAST」や、6つの基本原則を紹介してきましたが、適切なナッジの設定なくして目標達成は叶いません。
ナッジを設定する際は、プロトタイピングやA/Bテストを実施し効果的な戦略を見出してください。
アクションを実行する
次に、アクションを実行します。
アクションを実行する際は、販売チャネルや流通チャネル、コミュニケーションチャネルなど、さまざまなチャネルを活用して具体的に実行するのがポイントです。
なお、実行にはプロジェクトマネジメントスキルが求められることに留意してください。
モニタリングして検証する
モニタリングにより課題が見つかっても、検証すれば改善点を見出せます。
さらに、モニタリングと検証は継続することも大切です。
改善点を見出せれば次に活かせるだけでなく、継続することで精度が高まり、より自然に良い行動を促せます。
まとめ:ナッジ理論の有効活用で企業の成長につなげよう
ナッジ理論は、顧客に強制せず自然に意思決定を促す手法です。
身近なところからビジネスシーンまで、あらゆるところに取り入れられています。
特にビジネスシーンでは、顧客が自らの意思で選択するので、達成感を後押しすれば顧客満足度の向上にもつながるでしょう。
本記事で紹介した情報を参考にしながら、ナッジ理論を有効活用して企業の成長につなげてください。